「こんなのってないわ」

 赤い絨毯の敷きつめられた部屋の中を行ったり来たりしながら、彼女はぶつぶつと繰り返していた。

「そりゃあ私はお姉さまたちに比べたら背も胸もちっちゃいし肌もこんがり焼けて傷だらけだし社交ダンスも踊れないしピアノもバイエルで終わったしお花も活ければSF映画のモンスターみたいになるしお習字も前衛的だって言われるし言葉遣いもいつもお父様にたしなめられてばかりだし、これっぽっちも家の令嬢らしくないって、自分でもわかってるわよ。わかってるけど、」

 きっ、とうるんだ瞳に精一杯の力をこめて見やった先には、初老の紳士がおろおろと身を縮こませている。

「こんなのって、あんまりだわ」
 お嬢様、と、情けない声を出すしかできない執事にこれっぽっちも責任のないことなど、さすがの彼女にもわかっていた。わかっていても何かに当たらずにはいられないのだ。ひとまず彼女は、小さなテーブルに敷かれていたレースのテーブルクロスをおもいっきり引っ張った。たちまちお行儀よく並んでいたティーセットが床に落ちて凄まじい音を立てる。お嬢様、と、次に聞こえた声には一転して強い声色が混じっていた。構わず、テーブルを蹴飛ばしてついでに椅子もふんっ!という掛け声とともに窓から放り投げる。足元に転がってきたティーカップは、かわいそうに、取手だけの姿に成り果てていた。それは20でお嫁に行った一番上の姉がお別れにと贈ってくれたものだ。お別れと言ったところで彼女はここから10キロ以内の場所に住んでいるのに。何時代だ。馬鹿馬鹿しい。彼女は無様な陶器を拾うと、見事なフォームでそれをぶん投げた。綺麗な軌跡を描いた陶器は一直線に飛んで鏡台をかち割った。およそ令嬢らしさなど持ち合わせていない彼女だったが、代わりということなのか運動神経だけは抜群だった。

「じい!車を出しなさい!」

 青ざめた顔でその場にへたりこみ、しくしく泣きだしてしまった執事をもう一度睨みつけ、彼女はふんっと鼻を鳴らした。

「車・・・ですか?」
「ええそうよ。決まっているでしょう。聖川真斗のところに行くのよ!」


「婚約解消なんて、私は認めないわ!」