すべては深夜の静けさの中に沈み込んでいる。鉛のように体が重いのは部屋によってころころと変わる重力のせいだ。前へ繰り出されるのを拒む足を交互に出していると通路の向こう側から歩いてくる影に気づいた。ミゲルだということはすぐにわかった。
 俺は足をとめる。奴が通路の中心を占領していたからだ。彼はおもしろそうに笑った。
「あれ、なんでハイネが向こうから現れるんだ?」
「そういうおまえはどこに向かってるんだよ」
「談話室に」
「逆方向だ」
「あれ、間違えたかな。他の艦ってのはなかなか慣れなくていけないな」
 わざとらしく頭の後ろを掻いてみたりなどする。ためいきは自然と滑り落ちた。彼がホーキンス隊に所属する期間は3カ月。だがこれも暫定的なもので、戦況いかんによっては十分変わりうる。





 ミゲル・アイマンとはアカデミー時代からの知り合いだ。学年は違ったが、人懐っこく物おじしないタイプなのでよく俺たちの学年ともつるんでいた。卒業後も軍本部から定期的に送られてくる戦況報告で毎回のように彼の名前とはち合わせた。軍の中でも彼は一目おかれているらしかった。といっても彼の場合話題となるのは戦績よりもむしろ人となりの方が多く、赤服でもないのに『黄昏の魔弾』の異名を持ち、悪趣味なマーキングを施したカスタムジンを操る、といった下りは苦笑をもって語られた。どういうわけかメカニック関係者からの人望があつく、奇天烈な名前のチームを結成して軍の備品であるモビルスーツに違法ぎりぎりの改造を施している。アカデミーを卒業してから頭角をあらわす者は毎年必ずいるが、しかし彼ほど極端な例は特筆すべきものなのだろう。アカデミー生ならば誰もが彼に憧憬の意を抱いているらしかった。成績のふるわないものであれば特に、だ。だが俺は声を大にして主張したい。こいつはただアカデミー時代は破滅的に不真面目だっただけなのだ、と。





「あの傷はおまえだったんだな」
 ミゲルは突然口を開いた。揶揄の口調だ。
「誰だと思ってたんだよ」
「いや、意外だったなと思って。そんな一途なタイプだったっけ?」
「用がないならどけよ。俺は眠い」
 いい加減疲れていたので手をあげた。肩をおそうとすると、そうする前にミゲルの方からすっと身を引いた。すなおに通路の脇に避けておきながらも目は挑戦的なのである。
「おまえ、酷い顔してるぜ。獣みてえ」
「なんでおまえ何も知らないくせに偉そうなんだよ」イライラと吐き捨てる。
「何も知らないからだろ?」
 ひとつだけ嬉しかったことがある。彼女は『黄昏の魔弾』を知らなかった。他人の名声やうわさ話に興味のない彼女なら当然の事だったが、ここ最近で唯一俺の溜飲を下げた事実だった。