「休暇、申請しなかったんだって?」
 ディスプレイに向かって何やらプログラミングに打ち込んでいるに向かって言う。彼女の部屋はその性格に反してかなり散らかっていて、まさに『足の踏み場もない』状態なのだった。おまえの部屋は人工重力装置が壊れてるのか。一度見かねてそう皮肉を言ったことがある。すると彼女はなるほどたしかに、とただ一言、感心しきったようにそう述べた。しかしそれだけだった。洋服やら生活用品で溢れていたらまだ可愛げがあるのだが、床に散らばっているものといえばハンドガンの部品だの何に使われているのかよくわからない回路の一部分だのはんだごてだのことごとく厳めしいものばかりで、俺はひたすらにうんざりとしてしまう。片付けてやってもいいのだが、そうすると教科書に載っていそうな美しい正拳突きが脳天めがけて突き刺さってくるのでできない。彼女なりになにか法則のある配置なのかもしれない。俺はただ物を壊さないように慎重に歩くしかない。
「しなかった」
「なんでだよ」
「帰る場所がない」
「・・・」
「それにわたしが休暇を申請しなければ、他のクルーたちが休暇をとれるでしょう」
 彼女の手はあくまでキーボードの上を滑り続けている。
「そういうハイネはどうなの」
「俺?俺はいーよ」
「両親と妹がいるんでしょう」
「上の妹はユニウスセブンで死んだよ」
「でも下と両親はいる。今の連合軍の動きは落ち着いているけれど、いつまで続くかなんてわからない。次いつ機会がくるかもわからない」
 それに、と何気なく続ける。
「今ならミゲルもいるし」
 なるほどね、俺は首を曲げる。ぽきり、と思っていたよりも大きな音が鳴った。言葉にはならないが言葉にしてはいけない。そういうコンテクストなら、俺たちの間にはいくらでも横たわっている。
「いくらパイロットの数が減ったからと言ってこの時期に増員なんておかしいと思ったの。大規模な作戦があるわけではないし。たぶん、隊長の配慮だったのね。あれから休みなく働いてるあなたへの。心遣いを無駄にすることはないんじゃない?」
 ふいにキーボードの音が止み、くるりとスツールのまわる音がする。
「今日は随分静かね」
 声は低く落ち着いていて、ただひたすらに不思議そうなのである。頭の上に疑問符だって浮かんでいそうだ。
「おまえ、周りの気持ちとか気にするようなやつだったっけ?」
「・・・なにそれ」
 むっとしたように言った後、間合いを取るようにため息をつく。
「やっぱり休暇を取るべきだよ。疲れているじゃない」
「ちげーよ」
「なにが違うの」
 の声は露骨にうんざりしている。言わなければよかった、と俺もうんざりする。
「・・・ってか、いつまでそれやってんだよ」
 無言で部屋の照明を落とすと案の定抗議の声があがった。