すっかり冷たくなった景色を見る。ほんの数センチ先すら煌々と照らされている人工的な空間。街灯に照らされ、市街地は姿を変えている。足もとを見れば、影が浮かび上がっていた。闇にすら溶けない。時間のことは気にならなかった。人工太陽光があるかないか。ただそれだけの違いだった。ハイネの服のパーツがひっかかったのか、右膝から血が垂れているのがわかった。悔しさと後悔の違いが曖昧だった。
「ここにいたのか」
 顔をあげると、妨げるものなどなにもないのにひどくぼんやりとした影がみえた。ギルだった。返事をしようと口を開いたが、何も言えなかった。声なんてきいたと思いこんでるだけのような気がした。体がだるかった。
「心配したよ。ホテルに戻っていないときいて・・・」
 それはギルに染みついた優しさだった。いとしくて悔しくて、許せなかった。
「ギルにはわたしを迎えにくる義務なんてないよ」
 だから声をしぼりだした。
「一緒に街に行こうって約束してたのに置いてくし」
「・・・ああ」
「休暇だから遊びに行こうって言ったのギルなのに」
「悪かったよ」
「タリアさんとは別れたんじゃなかったの。別れたのに、なんでまた会ったりするの」
「・・・そうだね」
 ギルの顔がゆれてぐらぐらした。
「もしわたしが生まれてくるのがあと10年早かったら・・・わたしが父さんと母さんの娘でなかったら・・・ギルはわたしを見てくれた?」
 ギルは微笑んだ。
「家に帰ろう。風邪をひくよ」
 その言葉をきいた瞬間、涙が堰を切って溢れた。ここが公道の真ん中だという事実も、わたしの涙を止める役には立たなかった。
 好きなものはたったひとつだけだった。欲張った覚えはまったくないし、背徳的なことをしてきたつもりもない。なのになぜ、その唯一無二のひとつがこうも遠ざかっていくのか。
 無条件に優しいのが嫌いだ。一線はかたくなに死守するくせに、見捨てることもしない。それにしがみついている自分も嫌いだ。優しいのに動けない。
「・・・もういい。もうギルなんてしらない」
 ギルはなにも言わなかった。