市街地は大盛況だった。どこにこんな人がいたんだというくらいの人で溢れ返っていた。バイクは適当な駐車場にとめて、人の合間をぬって歩く。迷子になるなよ、とからかわれたけど、それはちょっと自信がなかった。
「どっか行きたいとこないの?」
「しいていえば着替えを買いたい」
「そのままでいろよ」
「やだ」
「いいから」
 そんなわけで標的を定めることもなく適当にショーウィンドウを見て回った。意図的なのかどうなのか、衣類を売っている店の前を通る時、ハイネは足早になった。
 端から端までまわってしまうと、少し疲れた。そう言うとハイネはまたバイクのところに戻り、ヘルメットを手渡した。人がまばらになるまで走り、ある店の前で再びエンジンを切った。あまり大きくないが、どうやらカフェのようだった。
「ここは?」
「ケーキと紅茶のうまい店」
 店の中は案の定あまり人気がなく、ちらほらと席をしめる客はそろいもそろってみな本に没頭していた。ごく小さなボリュームでクラシックが流れている。カウンターのむこうに並んだカトラリーはアンティークなのだろうか。磨かれたグラスを通して穏やかな日差しが室内をあたためているのが感じがよかった。
「おまえ、うるさいとこ好きじゃないだろ」
 ハイネは慣れた様子で一番奥のテーブル席に向かう。わたしは素直に彼のあとを追った。
 椅子に腰かけるタイミングをみはからっていたかのように、キッチンから若い男の店員が顔を出した。「ハイネ!」
 男の顔は輝いていた。子犬を連想させる顔だった。
「なんだよ、戻って来てたのか!」
「あれ、言ってなかったっけ?今休暇中なんだ」
「しらねーよバカ。いつまで?」
 会話が続く中、わたしは机の上に広げられていたメニューに目を通していた。紅茶の種類を売りにしているらしく、コーヒーはブレンドコーヒーだけというそっけなさだ。わたしは生来コーヒー党なのだが、ここはやはり紅茶を試すべきなのだろうか。
「で、この子は?」
。俺の同期。こうみえてトップなんだぜ。赤服確定」
「赤服確定なのはおまえもじゃねーの?ま、いーや。よろしくな。俺はテオ」
「俺の悪友な」
「はは。悪いのはどっちだよ。おまえ毎回連れてくる女違うじゃねーか。ちゃん、気をつけてね」
 わたしは頷いた。「うん、アールグレイにしよう」これだけ推すからにはきっとおいしいに違いない。「ケーキは・・・」 気づくと店員が腹を抱えてげらげら笑っていて、わたしは少し驚いた。ハイネはなんだか疲れた顔をしている。後ろに人をひとり乗せて運転するのはやっぱり大変なのかもしれない。







 やがてボールのようにぽってりとまるいポットとガラス製のティーカップが目の前に置かれた。さっきの店員が丁寧に紅茶を注ぎ入れる。たちまち周りの空気がやわらいだものに変わった。角砂糖をひとつとかす。ティーカップは持ち手のところに繊細な彫刻がしてあって少し持ちにくい。
 ケーキもすぐにやってきた。ふわふわのクリームののった漆黒のチョコレートケーキだ。ハイネはいちごのショートケーキを頼んでいた。
「こいつけっこう甘党なんだぜ、知ってた?」
 一口目を食べたところでにやにやと店員が言った。わたしは首を振る。髪にクリームがついたのだ。
 フォークでケーキを切り分けてもくもくと口に運んでいると、なんとなく視線をあげたら、ハイネがこっちを見ていた。フォークを口にいれたままわたしはしばらく彼から目が離せなかった。
「なに?」甘い塊を飲み下してからたずねる。ハイネは笑った。
「なんか、不思議だなと思って」
「・・・そうね」
 わたしは最後の一口にフォークをざくりとさした。