漆黒の闇に雲母を散らしたような光があちこちで光っている。ときおり視界を機械の破片やクズ隕石が横切っていく。その中をゆっくりと進んでいる。モニターには敵機を示す熱量は映らない。友軍を示す光もまた、うつらない。
 先ほどまで粒だったものが、ひときわ大きな物体となって目の前に現れた。光を失ったそれは、つい先ほどまで生きて動いていた連合のモビルアーマーの一部だった。もはや今はビームに貫かれた残骸をさらすだけになっている。
 いつだったか言った、誰も死なせないという言葉を思い出していた。今思えばそんなのは嘘っぱちだった。俺が誰よりも生きていてほしいと思ったのは、自分でもなければ艦のみんなでもない。ただひとりだったじゃないか。そしてそのことにホーキンス隊長は気づいていた。
 俺は唇をかんだ。目の前を汗の玉が浮かんでいる。身を隠せるデブリ帯や小惑星の近くと違い、ここは遮るものなどほとんど何もないまっさらな宇宙だ。連合軍のほとんどは月面基地にひいたという話だったが、残存部隊がいつ察知して攻撃してきてもおかしくない状況だった。そいつらはまちがいなくザフトの機体を血眼で探しているにちがいない。
 機首をめぐらせて、数十度進行方向をずらす。見間違いかもしれない。少し遠くを漂う隕石のかけらにまぎれて、見慣れた紫が映ったと思った。心臓が跳ねる。たしかにジンだった。手足をもがれてコクピットだけになった紫のジン。彼女の好きな色にカラーリングされた機体。俺は大きく深呼吸をした。
 救命具でしっかりとコクピットを固定し、キャノピーをあけた。ワイヤーをたどって、ジンのところまでたどり着き、コクピットを外から操作した。そういえば、彼女はなにかあるとコクピットに閉じこもる癖があった。そんなとき、コクピットをこじ開けに行くのはきまって俺の役割だった。緊張感のないことだがそんなことをふと思った。
 やがて小さな振動とともに照明の切れた暗い空間が開いた。真ん中に、赤のパイロットスーツが浮かんでいた。ベルトが切れている。とっさに腕をつかんで自分のザクに飛び戻った。
 キャノピーをしめ、酸素のプラグを彼女の首元にさしこむ。シュウ、という音をたてて急に侵入した濃度の濃い酸素に、は大きくむせ込んだ。幾度が咳をくりかえしたあと、ぜえぜえ、と荒らげた息を吐く。顔は青白い。ゆっくりとまぶたが持ち上げられた。
「・・・ハイネ?」焦点の合わない瞳で、弱々しく発したものはもはや呟きですらなかった。
 ためらいもなく最大出力でバーニアをふかし、その場から離脱した。見つかってもかまうものか、と思った。そんな俺の顔を下からみて、はふっと息をついた。笑ったようにも見えた。
 彼女は目を細めてコクピットの外を見る。
「ハイネ、月、見える?わたし、なにも見えなくて・・・」
「喋るな
「月がみえてたら、いいな。だって決めていたの。死ぬのは、月の見える、場所に、」
「黙れよ、頼むから」
「プラントじゃ、死にたくなかった。あんなところ、かなしすぎる・・・」
 俺にはなぜか彼女の言いたいことが分かるような気がしていた。強いめまいを覚える。
「まだ死ぬな。まだ、間に合うから」
「なにに?」
 彼女は心底不思議そうに首を傾けた。それから目をつむる。そうしてそれきり静かになった。
 操縦桿を握る右手が震えている。喉がからからで、焦点もうまく定まらなかった。「・・・?」
 彼女はふわふわと俺の膝の上を浮かんでいる。俺は自分が下へ下へと降下していく錯覚に陥っていた。