空気清浄機の効きすぎた空気を吸いながら、けだるいな、ということを考えていた。ディスプレイから顔をあげ、報告書を提出に来た俺を見ると、男はゆったりした口調ですまないね、と言った。ねぎらいの言葉だろうと思って笑うと、男は首を振った。
「彼女のこと。私も申し訳ないと思っている」
 一体なんの話なのか。話題の女の顔に行きつくまでに少しの時間を要した。浮かんできたのは純粋な疑問だった。
「なぜ隊長が謝るのです?」
「ただ、謝らなければいけないような気がしたのだよ」
「それなら謝る相手が違いますよ。そもそも、人の心に命令はできません。チェーザレとミルシェは艦のやつらに慕われていたし、あの時の敵は全部死んでしまった。あの馬鹿に矛先が向かうのは当然のことだったんですよ、きっと。今はただ時間がいるだけなんです。艦のやつらだってそこまで腐っちゃいない」
「戦争と死への恐怖は人の心を腐らせるよ」
 ホーキンスは壮年の男らしく、包み込むように笑った。
「やはり君はまだ若いね。少し安心したよ」
「・・・は?」
「いや、だって君、私より一回り以上若いのにいつも私よりしっかりしているように見えるだろう。少し寂しくてね」
 わざとらしく胸元をさすってみせたりなどする。俺は呆気にとられた表情をしていたと思う。
「こんなことを言っていいのかわからないけれど、私が心配しているのはむしろ君だよ」
「俺は大丈夫です」
「だから若いと言っている」
 俺は眉をひそめた。何を言っているんだ、と言いたかったのだ。
「お話は以上ですか」
「ああ、そうだな」
 敬礼をしてから踵を返す。

「他人の望みと自分の望みを取り違えてはいけないよ」
 数歩進んだところで声がかかり、俺は笑った。
「お話は以上のはずでは」
「あんなことがあった後でも、君は船員たちに慕われたままだ。ゲオルグすらお前を罵る言葉はひとつだって吐いていない。まったく、たいした若者だよ」
「・・・ありがとうございます」
「私はできることなら誰も失いたくないと思う。でも自ら死に往く者を救うほどお人よしではないよ」
「俺は死にませんし、も死にません。艦の奴だって、誰ひとりとして死なせはしませんから」
「だから、望みを取り違えるなと言っているんだよ」
 それは、どういう。
 きこうとしたところで通信器が着信音を鳴らし、隊長は手を払った。出ていけということだ。背後でシャッターの閉まる無慈悲な音がし、俺はすぐにその場を離れた。行く先は決まっている。