「おいゲオルグ、どこにいるか知らないか?」
 格納庫の中、配線と戦っているつなぎの背中に声をかけた。俺の呼びかけにそいつは背筋を強張らせたように見えた。
 知らないよ。
 消えそうな声でつぶやいたのがかろうじて聞きとれた。あからさまに迷惑げな気配をはらんだ背中はこちらを振り向きもしない。俺は床を蹴ってゲオルグの前に回り込んだ。配線の上に手をかけ、覗き込む。
「ほんとか?」
 うろたえた紺色の瞳が一瞬あらぬ方向をさまよったように見えた。軌跡をたどる。それは想像通り、彼女のジンのコクピットを明確に示していた。
「お前、ほんっとにバカ正直なのな」
 笑いながら肩を叩き、床を蹴る。そのとき、後ろ向きにあらぬ力をくわえられて首がのけぞった。ゲオルグがこちらの腕をがっしり掴んで行く手を阻んだのだった。
「やめろよ」
「なんで?」
「なんでってハイネ、お前・・・」
 俺は鼻で笑って、そのおびえきった腕をはらった。
「なにをそんなに心配してんだよ」
「お前は、あいつがチェーザレとミルシェを殺したの、忘れたのか?」
 気づいたときにはゲオルグはぶっ飛んでいた。知らなかった。無重力の中だとばかみたいにきれいに軌跡を描くんだな。腹を抱え込み、胃液をまきちらしはじめた男から俺は十分な距離をとった。騒ぎをききつけた整備工たちがあちこちから飛んでくる。
「・・・見損なったよ、ハイネ」
 ゲオルグを介抱する腕の一本の持ち主が憎悪の眼差しを向けてきたので俺は両手をあげた。頭の上にあげる服従のポーズではない。人を小馬鹿にしたように顔の横に掲げる、あのジェスチュアだ。「そりゃこっちのセリフ」
「いいか、お前らよくきけよ、あいつがいなかったらこの艦の人間は誰ひとり生き残っちゃいないんだぞ。おまえも、俺も、チェーザレとミルシェもだ。恨む相手を間違えんじゃねえよ」
 反論は許さないというようにやつらに背を向ける。感じた視線はすぐに振り払った。軽はずみに殺すよとかいうのはよくない。まったくもってよくない。



 はもともと誰とも密接な関係を築くタイプの人間ではなったが、それはただ単に一人でいる方が気楽と言う理由で彼女が足を進めなかっただけであって、周囲が彼女を避けるというこんな状況では決してなかった。唯一俺だけはいつも通り彼女と接していたが、それはただ俺が論理的な人間だからという理由にすぎない。敵の策略にはめられ、嘘の情報に踊らされ、他艦との連絡を絶たれ、5隻の戦闘艦にとりかこまれた状況を絶体絶命と形容する以外の表現を俺は知らない。その窮地から俺たちを救ったのが彼女だった。敵艦を全滅させ、敵の司令塔を完膚無きまでに破壊した。結果彼女はプラント評議会から勲章を授かったが、入れ違いにふたつの棺桶がプラントにかえっていった。宇宙に散った彼らの代わりに詰め込まれていたのは生前大事にしていた写真やら日記やらだった。それが特に友人たちの涙腺を緩ませたらしいというのを知ったのはごく最近のことだった。



 ハッチを外から非正攻な方法で開く。シートに凭れていたは、唐突にこじ開けられた空間に目を細めたようだった。彼女の膝にはたくさんの部品が散らばっている。メータをカスタマイズしている最中らしかった。
「相変わらず好きだな、機械いじり。本業じゃないんだからメカニックに任せればいいのに」
「・・・なにか用?」
 はこちらの軽口に答えるつもりは毛頭ないようで、帰って来たのはいつも通りの無愛想だった。そしてこれみよがしに眉をひそめてなどいる。
「用がないと話しかけたらいけないか?」
「用があってもわたしに話しかける人は少ないのよ、ハイネ」
「そんな奴らのこと、俺は知らない」
「アカデミーの頃から思ってたけど、あなた馬鹿ってよく言われない?」
「兄貴分とか面倒見がいいとかならよく言われたな」
「お節介の間違いじゃなくて?」
「ひでー」





 そしてふと、俺は俺がこの艦に配属になったのは必然とか運命とかいうものがあったのではないのかという、どうしようもなく傲慢で都合のいい思いに駆られるのだった。宙で爆ぜた彼らを悼んでいないと全員に責められていることは心外だと思いこそすれ、哀しいとは思わなかった。本心なんて伝わらないものだ。たとえば、彼女がこの関係を努力と作り笑顔の必要な脆いものだと勘違いしているのと同じように。