鳴り響いているのはカタパルトの振動音だけ。格納庫には大勢人がいるのに言葉を発するものは一人としていない。全員のかたくなな沈黙。声を出せないわけではない。声を出せば殺されると本気で思い、恐怖し、慄いている。脅える視線をただ一点に集中させて。
 ハッチが開く。赤のパイロットスーツに身を包んだ人影がコクピットを滑り降りる。ヘルメットを外して髪をかきあげた彼女は、うろたえた目でハンガーを見た。全員の視線がまっすぐ彼女に向かって突き刺さっている。
 本当は、誰も彼女など見てはいなかった。そこにいる誰もが先ほどまでモニターで見ていた映像を意識下に流していた。彼女を通り越して別の次元のかげを投影していた。全員の目が彼女をみているのに、誰も彼女を見る者はいない。
 蜘蛛の巣の様に空間全体に張り巡らされるビームの軌跡、数えきれない銃弾。そしてモビルスーツ。
 そのうち何一つとして彼女の機体に触れられるものはなかった。攻撃が致命傷にならないのではない。単純に当たらないのだ。彼女だけ別の空間にいるかのようだった。
 彼女が、人間ではないとでもいうかのようだった。
「・・・魔女」
 誰かが呟く。無音の格納庫に、その一言は残酷なまでに鮮明な音色を持って反響する。
 全員の表情が凍りつく。つぶやきの主も同様だっただろう。空気は唐突に氷河の重みとなって体を刺す。






 どれほどの時間が流れたのか。
 彼女は自分を取り囲む景色をぐるりと見渡し、目を細めた後、ふっと不自然な息をもらして笑った。笑うしかないと諦めたような。まるで彼女の中で何かひとつのものが落ちて壊れたような。
 顔だけを巡らせて、彼女は背後にそびえたつ自身の鎧をいとおしそうに見上げる。






 連合軍の母艦5隻と、モビルアーマー40機を一夜にしておとした、彼女の愛機を。