会いたくないと思っている日には必ずといっていいほどひょっこり顔を出し、そういえばあいつ今日はどうしてるかなどうせまた寝坊でもしてるんだろうなもしかしたら昨晩ひっかけた女の子も一緒かもなんて比較的肯定的な思いを抱いてやった日に限って姿をみせない。それが鉢屋三郎という男だった。今日は明らかに前者の気分だったので身構えてはいたのだが、やはり彼が当然のような顔をして現れたときにはうんざりせずにはいられなかった。この男、 の時間割をどこで手に入れたのやら、毎回毎回教室から出てくるところを要領よく捕まえにくるのである。そしてそんな三郎に引き摺られるようにして学外のカフェに拉致される。これもいつものことだった。

ビートルズと客のざわめき声の交じりあう店内で、ぼんやりと相槌をうつ以外おしなべて無口の などおかまいなしに、三郎は一方的にぺらぺらとよく喋る。聞き流してもいいのだが、彼は基本的に口達者でざっくばらんなので、結局は全部に耳を傾けてしまうことになる。つまり はわりと三郎を気に入っている。
スパゲティが運ばれてくると、三郎は自然な仕草でフォークを の方によこしてやった。彼は がスパゲティを食べるときスプーンを使わないことを知っている。こういう気遣いが女の子をときめかせたりするんだろうなあと思いながら、 はフォークを受け取った。いい加減、世の中の女性たちは彼が人畜有害汚染物質最低下劣人間であることを認識するべきなのだ。
ふと三郎がくるくるとカルボナーラを巻きながら、
「そういえば、今日は食満さんとこ行かなくてよかったの?」
と、たった今はじめて気づいたことのように聞いてきたので、 は眉をしかめた。白々しいにもほどがある。
「別れた」
「え、うっそ」
「ほんとう」
「いつ?」
「先週」
「なんで?」
「別れてもいいよって言われた」
三郎はしばらく口に含んだスパゲティを租借していたが、のみ込むと、くっくっと喉の奥で笑った。その笑いには余裕と優越感がにじみ出ていて、 はまたもや盛大に眉をしかめることになる。
「なに」
「いや、わかるなぁと思って。食満さんの気持ち」
「…なによそれ」
三郎は答えない。だから彼にだけは言いたくなかったのだ。いつもペースを握られてしまう。今度こそ、 は本気でこの場を逃げ出してしまいたくなった。
しばらくの間無言のにらみ合い(といっても、三郎は涼しい顔を保っていただけだが)が続いたが、やがて沈黙を破ったのは三郎だった。よし!と、威勢のいい声をあげて。
「よし、じゃあ傷心の の言うことなんかひとつきいてやるよ」
「…別にいいよ。そもそも三郎は関係ないじゃんか」
「遠慮するなよ。俺がこういうこと言うの、滅多にないんだぞ。身体かしてとか、大歓迎!」
「消えて」
はあくまで無表情に答える。しかし三郎は変わらずあっけらかんと笑っている。
「ひどいなぁ。あ、じゃあここの食事奢ってやるよ」
「…まぁいいけど」
「あとついでにいい男紹介してやるよ」
まぁいいけど、とあやうく繰り返しそうになった。
言葉を失った を見て、三郎は満足そうに の皿にフォークをのばした。この店のトマトソーススパゲティは多すぎて、彼女の胃ではすべては食べ切れない。それを彼は知っている。







(映画のような食事)