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長いすにゆったりと腰掛ける女は純白のシュミーズドレスを身につけていたが、それを纏う女の肌もまた、陶器のように白く滑らかなのだった。 「あなたは知っているかしら。この国には昔、ひとりの英雄がいたの。王と貴族は圧政を行い、贅沢の限りを尽くしていた。そんな奴らに苦しめられていた人民を、彼は解放したの。もちろん彼は英雄と称えられ、能なしの王に代わって政権を握ったわ。でも、その権力も長くは続かなかった。なぜだかわかる?」 はじめて目にする人種に、の目は釘付けになった。首から肩、ふくよかな胸元にかけて、女の素肌には傷どころかしみひとつなく、筋肉の隆起などみとめられなかった。 「それはね、彼が人をうまく使えなかったから。自分が直接出向いた戦い以外で彼は勝利をつかむことができなかった。彼はあっという間に周囲の列強に飲まれ、いつしか歴史にほんの一時名を残しただけの存在として消えてしまった」 彼女が頭をふるたびに、耳につけたおおぶりのイヤリングがキラキラと光を放った。それが国ひとつ傾かせる価値のあるダイヤモンドであることを、幼いは知るよしもない。 「哀れだと思わない?手駒をうまく使えるものだけが、覇者となることができるの。それはもう才能ね。そして私は、それを手にしている。だから彼のようにはならない。絶対にね」 彼女は紅をひいた唇をひいて妖艶に笑うと、ドレスの裾をひいて立ち上がった。さらさらと衣擦れの音をさせて女が近づいてくると、本能的に額に汗が浮かぶのを感じたが、頑強な男二人に押さえつけられているので後ずさることはかなわない。 女はのすぐ目の前までやってくると、立ち止まって手袋ごしに彼女の頬に触れた。 「お嬢さん、契約をしましょう。少しだけ、わたしの力を分けてあげる。その代わり、あなたは私の手駒になるの。私が命じたことは、全て遂行しなければならない。大丈夫よ。私が一言命じるだけで命令はあなたの頭の中に伝わって、あなたは無性にそれを行いたくなるの。ね、面倒なことはなにもないでしょう?あと、まぁあなたには必要ないことだけど、念発動の条件だから一応話しておくわね。この契約を破棄する方法はただひとつ、私を殺すことよ。といっても、私の周りにはいつも護衛が控えているし、私があなたに死んでと一言命令しさえすれば、あなたは死なざるをえなくなるんだから、そこのところ忘れないでね。あ、それからこのことを誰かに口外したら、やはり待っているのは死よ。不公平?そんなことないわよ。あなたが私を殺せば、私の力は全部あなたのものになるんだから。ね、悪くない契約でしょう。拒否権はもちろんないわよ。今のあなたを殺すことなんて、私たちには容易いことよ」 は自分の瞳から涙が零れるのを感じていた。頬を伝った涙が、とうさん、と無意識のうちに動いた唇を濡らす。 「あらあら、まだ怒ってるの?でも早く忘れたほうがいいわよ。力のない人間は、力あるものに従わなければならないの。なにも恥ずかしいことはないわ。そうして私にこうべを垂れた人間はたくさんいるのだから」 女はさもおかしそうに鮮やかな唇を引いて、嘲るように笑った。 「せめてあの能なしの父親よりは、役に立ってちょうだいね」 パクノダ、と呼ばれて我に返ると、目の前にはあの貴族の女ではなく、うろんげにこちらを見上げてくる青年の顔があるばかりだった。爪を立てた喉からは血がふくれ上がっていたが、そんなことはパクノダも青年もどちらも気にしていなかった。血は日常の一部だった。 「…驚いた」 振り返って仲間たちを視界に入れれば、みな一様に答えを期待して彼女をみる。少しの間を挟んで、彼女は口を開いた。 「こいつ、女よ」 一瞬の沈黙。 それからすぐに、うそお!まじかよ!とそれぞれが思い思いの反応を返し、とたんに室内は喧騒に包まれる。 パクノダの無礼な人差し指をじっと睨みつけながら、そっちなの、とはじとっと呟いた。 |