は靴の先で足元の石段をこつこつと突いていた。リズミカルに、一定のスピードをもって、つまさきを小さく落とす。
遠くの方に見える人影は、時々頷くようなしぐさを見せた。大きな骨ばった手で携帯電話を握っていて、表情はいつもと同じ無表情だ。もともと大きな声で話すような人ではないが、唇の動きはことさら微細で、小声で話しているのは明らかだった。背を向けるようなことはなかったが、かといって視線がこちらを向くこともない。
は両腕を身体の前で組み、柱に身をもたせながら、いかにも手持ち無沙汰な様子で道行く人々を眺めた。つまさきはリズムを刻んだままである。そのうちのほとんどがいぶかしげに彼女の方を見たが、彼らの顔はの記憶にはまったく残らなかった。

「いらいらしてるね」

ふと背中から声が掛かった。無視してもよかったのだが、気づけば条件反射のようにふり返っていた。
奇妙な男が、彼女と同じように腕を組んで、なにがおかしいのかにやにや笑いながらの方を見ていた。目が合うと、男は愛想がいいといえなくもない薄っぺらな笑みを顔に浮かべた。はそれを静かに、無表情に見据える。気がつかないうちに距離を詰められていたという警戒心もあったが、なによりも男の胡散臭さの方が妙に苛立ちを煽った。

「なにか用」
「いらいらしているね、と言ったのさ。待ちぼうけをくらってるせいかな」

どこか鼻についた声で、人を揶揄する響きを隠そうともしない。いらいらしてるとしたら、今の原因は間違いなくあなたのせいよ。言おうとしたところで、隣にひんやりと気配を感じた。

「ヒソカ。帰るって言ってなかったっけ」
「あぁ、残念。もうちょっと電話しててもよかったのに」
「しらじらしい。余計なちょっかいだすなよ」
「この子、君のお嫁さんだろう?きいていたのと全然違うなぁ」
「こうなるってわかってたから、ヒソカにあわせるのは嫌だったんだよ」

あくまで淡々と、まるで台詞を読み上げるかのような口調で会話に入り込んできたイルミは、携帯電話のスイッチをオフにすると、それをポケットにしまった。彼女はおや、と思ってそのしぐさの一部始終をみていたが、すぐに「行くよ」と促されたので無言で頷いた。その場を離れる前にちらりとヒソカとかいう男の方を見たが、彼は興味深そうに、特有のうすっぺらな笑みを浮かべてこちらをじっと見ているのだった。







(ペテン師はふりかえらない1)