ゴンの姿に先に気づいたのはの方だったが、声をかけたのはゴンの方だった。義弟の友人をみつけたはいいが、義弟本人がそばにいないようなので、としては無視して通り過ぎたかったのだが、動物的直感からか目ざとく発見されてしまい、結局公園のベンチに並んで座って缶コーヒー(ゴンは缶ジュース)をすするはめになったのである。
ゴンの方も思わずひきとめてしまったが、特になにかを話したかったというわけではないらしく、話されることといったらごくあたりさわりのないことばかりだった。

「どうしてヨークシンに?」
「ちょっと用事があって」
「用事?」
「俺、親父探してるんだけど、その手がかりがここにありそうで」
「ふーん」
さんは?」
「わたしはお仕事」
「殺しの?」
「ありていにいえばね」
「キルアのお兄さんも来てるの?」
「来てるわよ。会いたい?」
「会いたくない」
「キルアは元気?」
「会っていく?」
「怖そうだわ」
「口に出しては絶対に言わないけど、キルアはさんに会いたいと思ってるはずだよ」
「百歩譲っても、『会ってもいい』が限界」

苦い液体を最後まで飲み干すと、正確な投射で遠くのゴミ箱へと缶を放ったを、ゴンはじっと見上げていた。それに気づいたは、なぁに、と首をかしげる。実を言うと、ひさしぶりにみる人間の発する感情という空気に、彼女は少しばかり動揺していた。ばかばかしいことだとわかっていたので、あえて言うことはしなかったが。

さんがキルアのことを話すとき、少しだけ、ほんの少しだけど、優しい口調になるんだね」
「…そんなことはじめて言われたわ」
「そういうことに注目する人がいなかったからじゃないかな」

ふうん、とうった相槌は、自身が予想していたよりもずっと興味がなさそうに響いた。
彼らの会話はそこで途絶えてしまい、あとは周囲のざわめきの中にぽっかりと2人で浮かんでいた。肌がじっとりと重い気圧を感じている。一雨きそうだな、とはぼんやりと思った。濡れるのはあまり好きではないのよね、と心の中でつぶやいた彼女は、ゴンの方にゆっくりと視線を向けた。

「キルアはうまくやれている?」
「当然だよ」
「あらそう。意外だったわ」
「なんでだよ。やれないはずがない。今までの人生はみんなゾルディックの人たちに強要された人生だったんだから」
「でも…本当にうまくやれているのかしら?コヨーテは草食にはなれないの」
「コヨーテ?」
「譬え話よ」
「…さんがどういう人をコヨーテと言うのかは知らないけど、人殺しという意味でなら、キルアは絶対にコヨーテじゃない」
「そう?でもわたしはコヨーテだったわ。血の味からは逃れられなかった」

すこしだけ沈黙が流れた。の方は特にききたいこともなかったので、公園のベンチからあっさりと立ち上がった。素材はグラスファイバだ。目で確認してしまってから、(なにをしていても職業病は抜けないものね)、気づいてわずかに空を仰いだ。

さんは、もしかして…」
「うまくやれなくなったら、遠慮なく戻ってきていいのよ。でもまあそれまでは、キルアを頼むわね」

は、ゴンの回答を待たなかった。その必要がないとわかっていたからだ。彼女は歌うように呟いていた。



(うまくやれなくなったら戻ってきてもいいのよ。わたしみたいに。)







(氷の楔)